CASES/CASE / 003
AI エージェント開発

根拠を示す金融 AI 基盤

「回答の中身以上に、何を根拠に答えたかが、業務で使えるかどうかを決める」— 金融大手のコンタクトセンター業務に AI を入れるプロジェクトで、根拠の提示を後付けの機能として扱わず、設計の前提に置いた。社外と通信しない閉じた環境で動かし、AI モデルの世代交代にも追従できる構成にして、3ヶ月で本番稼働させた。社内 FAQ・業務マニュアルを対象に、根拠提示率96%を達成した。

FinTechRAGLLM
TYPE
高難度要件
RELEASE
3ヶ月
SCALE
中規模
OUTCOME
根拠提示率96%
根拠を示す金融 AI 基盤

「正しそう」では現場に出せない領域がある

金融機関のコンタクトセンター、とくに大手では、AI の回答に根拠が添えられていなければ、現場で使えません。生成 AI を「答えてくれる存在」として導入する一般的な発想と、ここで求められる前提はずれています。

回答の中身以上に、何を根拠にそう答えたかが、業務で使えるかどうかを決める。

業務効率化のために AI を入れる企業は増えています。ただ金融大手では、AI の出力に根拠を示すことが、監督官庁・社内コンプライアンス・お客さま対応の三方向から実務上求められます。「正しそうに見える回答」は、業務に出した瞬間に説明責任の問題に変わります。

本案件で必要だったのは「答える AI」ではなく、根拠とともに答える AIでした。両者の違いは、どこから設計を始めるかに表れます。

自社データを参照する AI を、根拠込みで設計する

自社の文書を検索し、その内容をもとに回答させる仕組み(RAG)は、すでに広く使われ始めています。しかし金融大手で使うには、「どの箇所を根拠にしたか」だけでなく、「その箇所がどの文書の、どの版の、誰が承認した情報なのか」まで追跡できる設計が必要です。

本案件では、機能の仕様より先に、出力の仕様を固めました。AI が回答と一緒に何を返し、どう振る舞うべきかを、次の3点で決めています。

  • 答えに必ず引用根拠を添える:要約せず、出典文書の該当箇所をそのまま示す
  • 引用した文書の出どころを一緒に返す:文書名・版・承認者をまとめて示す
  • 回答できない問いには「回答できない」と言える:分からない部分を、推測で埋めて答えない

この3つを設計の出発点に置くか、後から付け足すかで、運用の負担は大きく変わります。後付けにすると、本番稼働後のどこかで破綻しやすくなります。

選定の決め手は、精度より根拠を説明できるかどうかだった

文書検索の方式と、文書を AI が検索できる形に変換するモデルを、それぞれ複数比較しました。精度のスコアは参考値にとどめました。重く見たのは、なぜその文書が根拠に選ばれたのかを、人が後からたどれるかどうかです。

比較の観点は、業務担当者と一緒に次の3つに整理しました。

  • 精度(参考値):業務担当者がブラインドテストで合格と判断する割合
  • 再現性:同じ問いに、同じ根拠が返ってくるか
  • 追跡可能性:誤った引用が混じったとき、原因をログから何分で特定できるか

データを社外に一切出さない、閉じた環境で動かす

質問や回答に顧客の金融取引情報が含まれる可能性があるため、AI の処理も文書検索も、社外と通信しない閉じた環境に置きました。一般的なクラウドサービスをそのまま使えるか、社内ネットワーク内で完結させる必要があるかは、こうした情報を扱うかどうかで分かれます。

文書を AI が検索できる形に変換する作業から、文書の検索、回答の生成まで、AI の処理をすべて社内ネットワーク内で完結させました。外部の AI サービスを呼び出す一般的な構成とは、出発点から異なります。

通信経路を社外に一本も出さなかったことが、コンプライアンス審査を一度で通過できた最大の理由でした。外部接続を後から組み込む設計であれば、審査で差し戻されていたと考えています。

AI モデルの世代交代に追従できる前提で組んだ

AI モデルは半年単位で世代交代します。導入時点で固定した構成は、半年後には性能でもコストでも見劣りします。そのため、モデルだけを差し替えられる構造を最初から組んでおきました。

「AI モデルとつなぐ部分だけを差し替えられること」を要件に入れました。検索や回答の後処理、ログの記録はそのままに、モデル本体だけを切り替えられるよう、境界をはっきり定めています。

運用フェーズに入ってから実際に一度、モデルを新しい世代に更新し、本番を止めずに切り替えを終えています。世代交代はこれからも続きますが、次回以降も同じ手順で差し替えられます。

根拠提示率96%と、社内に残した設計判断

数字で示せる成果は根拠提示率96%です。それ以上に重視したのは、なぜこの設計を選んだのかを、金融機関の社内チームが自分たちで説明し、再現できる状態を残すことでした。

  • 社内 FAQ・業務マニュアルを対象に、回答ごとに正しい参照元文書を示せた割合(根拠提示率)で96%を達成
  • 3ヶ月で本番稼働し、設計議事録と比較検証ログも納品物に含めた

要件定義の段階から、金融機関の社内チーム向けに AI の技術勉強会を立ち上げ、案件期間を通して続けました。取り上げたテーマは、自社データを参照する AI の基礎、文書を AI が検索できる形に変換する考え方、AI の答えが不確かなときにそれをどう示すか、の3つです。設計判断を一人の頭の中に残さないこと自体を、この案件では納品物の一部と捉えています。

金融に AI を入れる仕事は、賢さを売ることではなく、根拠を説明できる仕組みをつくることである。